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趣味的ブログです。最近ニコマスPとしての日記になってきてるかもしれません。というか確定的に明らかか。
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臓器移植法が改正される方向のようです。

古来、人類は、心臓死を唯一の人の死としてきました。定義は、すでに難しいです。心停止といえば通りはよいのかもしれないけれど、心停止といっても、救命の可能性があるいくつかの状態が含まれる(たとえばAED普及で救命率が上がった心室細動状態は、心停止状態に含まれます)し、そもそも心臓が完全に止まる「心静止」状態でも、まだ救命の可能性はあるため、単純な定義は難しいです。

とりあえず、不可逆的な心停止、呼吸停止、瞳孔の散大をもって死とする、とすればいいのですが、じゃあ不可逆的とは誰が決めるんだという話になる。まあ、とりあえずここは本論ではないので置いておいて。

最近、脳死を人の死と認めるという話が出てきました。なぜ急に、というと、もちろん臓器移植のためです。臓器移植したいが、脳死状態で臓器を切り取ると殺人になる。なので、脳死状態を死と定義して、臓器を切り取れるようにしよう、ということです。

この記述だけでは、本当に脳死を人の死として認めてよいのか、という倫理的な観点が抜けています。もちろん、それはちゃんと議論されてきています。あ、少なくとも建前上は。

以下の議論は、脳死は人の死という、現状の前提をとっぱらってみてください。古来からある、心臓死のみが人の死と認められている状態で、という意味。でないと意味はないです。「死んでるから、死んでるんだよ」というトートロジーになってしまいます。

そもそも、脳死状態の人は死んでいるのか、また臓器を切り取ってよいのか?法的な側面では、脳死は人の死だから臓器を切り取ってよいということですが、今の論点はそこではありません。倫理的には?というのが主眼。

1.脳死は不可逆的な態様だから死とみなしてよい。
2.脳死は速やかに心臓死に移行する状態なので死とみなしてよい
3.脳死状態では痛みを感じないから(死とみなして)臓器を切り取ってよい。

まあ、このあたりでしょうか。本当に、これらは合理的でしょうか。

まず1.。脳死が不可逆なのも少し怪しいのですが、それ以前に、不可逆な態様は、脳死以外にもいくらでもあります。例えば狂犬病は、発病すると治療法はなく、100%死亡するという病気です。脳死が人の死である理由がその不可逆性にあるなら、狂犬病も同じ理由で人の死でないと辻褄が合いません。

2.について。「速やかに」の定義が曖昧ですが、脳死と判断されてから、数年単位で心臓が動き続けることは少なくありません。最長例では21年も動き続けています。これは極端な例にしても、1年以上生存する患者は19%もいます。主観は入りますが、「速やかに」とは言えません。3年生存率が0%の進行癌の患者は(これは自動的に1の条件も同時に満たしていることになります)、死亡しているとみなしていいのでしょうか。そんなわけないとあなたは言うでしょう。ならば脳死も死とみなしてはいけないことになります。

3.。痛くないからとっていいのか、という議論が一つ。これは哲学的な問いなのでここでは触れません。では、脳死患者は本当に痛くないのか、誰か証明したのか、という議論がもうひとつ。ここではこちらメインで進めます。

心臓死の場合、痛くないことを誰も証明したわけではないのですが、すべての神経は死んでいるし、痛くないだろう、といえます。心臓死が人の死と認められているのは昔からのことなので、まあこれは認めるとしましょう。

脳死の場合、脳は活動を停止していますが、神経は生きています。この状態で痛みを感じるのか?たとえば脊髄で痛みを感じないとは、誰も証明できないと思います。

どこかの掲示板で、医者の書き込みとして、「脳死状態の人は脳が機能していないので痛みは感じません」という書き込みを見たことがあります。正直、高い学歴の医者の書き込みとも思えない発言です。脳が機能していなければ痛みは感じない、というのを証明してから出ないとこの論法は使えないはずです。

ラザロ徴候というものを知っているでしょうか。脳死者から人工呼吸器をはずすとき、腕が持ち上がる、背中がそる、鳥肌が立つ、血圧が上昇する、などの現象がおきます。場合によっては上体を起こしたり(!)するそうです。これらをそう呼びます。

これらは脊髄反射では説明しきれない部分があったりもするのですが、「脊髄自動反射」というよくわからない理由で説明されています。そもそも脊髄反射が自動的なものなのに、さらに自動をつけることに、どのような意味があるのか、よくわかりませんが、これは患者の意思ではないですよ、自動的にこうなっているのです、という、脳死の正当性を主張するための用語にしか見えません。見方によれば、脊髄が、多少の判断能力を発揮して、体を動かしているようにも解釈できます。これを否定することは、できていないはずです。

人工呼吸器を外しただけでこうなのですから、臓器摘出時にはもっとひどいことになることがあります。具体的には、「のた打ち回る」らしいです。ということで、それを防ぐために、臓器移植のときは麻酔をかけるそうです。

いや、そういう問題じゃないでしょ。メスを挿したらのた打ち回るってのは、普通に考えたら、痛くて暴れてると見るのが自然。百歩譲って、痛みを感じている可能性は疑うべき。それを、麻酔で抑制して、まるで「見なかったことに」して、で、脳死の人から、臓器を切り取っていいのでしょうか。

個人的に、ちゃんと条件が整えば、脳死を人の死と認めること、臓器移植は何が何でも反対というわけではありません。ただ、この矛盾の多さ、他の病態との不整合の多さ、仮定に仮定を重ねた論法、「臓器移植ありき」の理論、これが解消されていない現状で脳死患者から臓器を切り取るのは、あまりに先走りにすぎると思います。

この状況で臓器移植するなら、

「脳死者もかなり長く心臓死まで時間が有る場合もあります。また、人工呼吸器をはずしたらこの脳死者は、起き上がるなど、動き出すこともあります。麻酔ナシで臓器を切り取れば暴れだす場合があります。その原因は解明できておらず、痛みを感じていない保障はありません。しかしそれでも、臓器移植すれば助かる命があるのも事実です。ですので、同意できる方は、臓器を提供してください」

というのが筋でしょう。そこまでのインフォームド・コンセントがなされているのか、疑問があります。そんな現状で、臓器移植の話だけが先走っています。そこが不満です。よって、脳死を人の死と認めることに関して、「建前上は」倫理的な側面は議論されたという表現を使いました。ということで、私は現状の脳死移植には反対なのです。

参考:http://fps01.plala.or.jp/~brainx/asahi1.htm
http://pikaia.v-net.ne.jp/notauti.html
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